POST
あなたの「最後の」カウンセラーになります。今度こそ本当に自分を幸せにする覚悟でおいでください。by ライトハウスカウンセリングルーム

『自分が嫌い』から『自分が好き』に変わる覚悟

  18, 2010 15:00
【ひとつの職場が長続きしない人のパターン例】

Aさんは、新しい職場の親切な先輩・Bさんのことが好きだった。明るくて、新入りのAさんにも気軽に声をかけてくれる人。もちろん他の同僚とも仲よくつき合っている。

Aさんは、Bさんに声をかけられるととても嬉しくて、ホッとした。その反面、Bさんが他の人たちと楽しそうに雑談しているのを見ると、落ち着かなくなった。(誰だって自分以外の人とも話くらいするよね…)そう考えても、どうしても心がざわざわする。

思考が悪い方へ悪い方へと落ち込んでいく。(もしかすると悪口を言われているのかもしれない…)職場の雑談は、大抵今その場にいない人の話題だったから、自分がその話題の人になっている可能性だってある。そんな時は、Aさんの心の中に嵐が吹き荒れる。轟々と音を立てて、不安が競り上がってくるのだ。

今日はBさんが話しかけて来ない…。まるで自分は見捨てられたような、裏切られたような感じがする。どこかで『そうなることは分かっていた』と、知っていたような気もする。そして、感情はいつしか自分を見捨てたBさんへの怒りに変わっている。

『そうだ、分かっていた。やっぱりあの人も同じなんだ!』

心の中にマグマのような怒りがわき上がる。と、その時、Bさんが振り向いた。

ギクリ。

Aさんの心臓は一瞬で凍り付いてしまった。Bさんの背中に向かって燃えたぎっていた怒りは冷水をかけられたように冷たくなった。自分の心の中を、まるでBさんに見透かされているかのように感じて、Aさんは目を逸らした。

・・・私の中にはこんなに汚いものがいっぱいに詰まってる。こんな自分はイヤ、大嫌い。あの人だってもう私のことを嫌いになったに違いない。

その時から、AさんはBさんが恐くなった。目が合うだけで、恐い。不安と不快感がわき上がってくるから、近づくことも、話をすることも出来なくなってしまった…。仕事中もびくびくして、一瞬も気が抜けない。Bさんも、Aさんの態度が変わったことに気付いたようだった。



では、Bさんの目には、そんなAさんはどう映っているだろうか?少なくとも「好かれている」とは感じられない。不自然に目を逸らし、遠ざかるAさん。なぜだか避けられているような感じだ。Bさんは理由も分からず、困惑してしまう。

Aさんはとても感じやすく、他人が何気なく接触するだけで傷つく。親しみを込めて触れたつもりが、触れた所から血が流れるのだから驚く。これはAさんの心には、癒えない生傷が残っているからである。しかしそれは…、まるで不用意に触った方が “悪人”、みたいに感じさせられることでもある。

そこに傷が残っているとは他者にはわからないから、人は気軽にAさんに触れようとし、Aさんは古傷から生じた新しい痛みに悲鳴を上げるのだ。

このAさんは過去の私自身だ。そして読んでいて、『Aさんは自分だ!』と、感じた人もたくさんいたはずだ。はっきり言って、私はとても “扱いにくい” タイプだったと思う。“扱いにくい人” は、 “傷だらけの人” と言い換えてもいい。相手にとっては何気ないあらゆる言葉、態度、目線が私の心の生傷を逆なでする。その度に私は痛みに飛び退き『哀れな被害者』になり、と同時に相手を『加害者』にしてきた。

私が『被害者』の役を取れば、残る相手は『加害者』になるしかない。知らないうちに加害者にされた方は、私と関わるとなんだか嫌な気分になるから、だんだんと遠ざかっていく。そして私は思うのだ。『あぁやっぱり、あの人もだ。私のことが嫌いなんだ』
ーーそして、『私だってあんな人嫌いだ』と、相手を切り捨てて来たのだったーー

AさんとBさんの話に戻そう。

この場合Aさんの悲鳴に、Bさんは(え? 私何か悪いことした?)と、当然びっくりしただろう。でも、Bさんは真実Aさんを傷つけようなどとは思っていなかったとしたら? Bさんは訳も分からず加害者にされたように感じてしまう。それは当然ながらとても嫌な気持ちだ。

この件では、後日BさんがAさんに対して「あなたは繊細すぎる。もっと強くなるべきだ」と言ったことで、Aさんはショックを受けて激しく落ち込んでしまった。自分の全存在が否定されたようだった。本当はいちばん受け入れて欲しかった人だったけれど、こんな自分のことを本当に理解してくれる人など、どこにもいないのだと思った。家で1人になると、涙があふれてきた。

AさんにはAさんの苦しみがあった。好きでそうなっているのではないのだ。目に見えない心の傷は、しばしばこのような出来事を引き起こす。初めは好きになれそうな人(職場やグループなども同じ)も、しばらくすると傷がうずき出し、辛くなって自分から離れるというパターンを繰り返してしまうことが多い。

ところで、Bさんは本当にAさんを否定していたのか? この例をもう一度始めから読んでみると分かるのだけど、実はまだ何も事件は起こっていない。事実はAさんの心の中で、「もしかしたら~~かもしれない」「きっとそうだ」「やっぱりそうだった」と、Aさんの解釈でもって、Bさんの評価が変わっている、ということ。

Bさんの本音(本人も自覚していない)は、たぶんこうだった。

それは『私がまるであなたを傷つける人間のように扱われたようで、悲しかった、淋しかった』ということ。

Bさんが「あなたは繊細すぎる」ではなく、この本音のコミュニケーションが出来たなら、事態は違う展開をしたかもしれない。

あなたを好きだったからこそ、私がまるであなたを傷つける人間のように扱われたようで、悲しかった、淋しかったのよ」と、伝えてもらったなら、Aさんはどう感じただろうか? (これはあくまでも理想だけれど)

ここで、実はBさんはAさんの反応に傷ついていたのだ、と分かってもらえるだろうか? Aさんは、実は自分の反応が知らないうちに相手を傷つけていることに気付いていない。Aさんは自分で自分を攻撃することで、実は自分だけではなく、相手をも傷つけているのだ。


Bさんが “攻撃” してきた(様に見える)のは、実は傷ついていたからだった。Aさんが心の中で相手を責めてしまったのも同じ。人は『傷ついた』と感じたときの悲しさ・淋しさを【怒り】に置き換えてしまうクセがある。自分を弱く感じさせるそれらの感情は、出来るだけ感じないようにするためだ。「私は正しい、あなたが間違っている」というカタチで・・・。二人が感じていた感情は実は同じで、『悲しい・淋しい』だったのだ。(感情は共鳴する法則)


一方のAさんは、もう一つの感情に苦しんでいる。それは“劣等感・罪悪感” だ。

「やっぱり私を嫌いなんだ」「やっぱり私は悪魔なんだ」「やっぱり最後はこうなってしまうんだ」「こんな自分なんか、愛されるはずがない」という錨(アンカー)を、心の深いところに降ろしてしまっている状態だ。「やっぱり」というナイフで、Aさんは自分を刺す。何度も何度も、古い傷の上にナイフを振り下ろす。それは心の自傷行為と言える。(目に見える自傷を行う人も、心の状態は同じ)

だからと言って、Aさんも決して悪いわけではない。二人とも “恐れ” から行動してしまっただけだ。その人がそうなっているのには、ちゃんと理由がある(ほとんどの場合、親子関係に由来する)。


『悪人はどこにもいなかった』

Aさんがこの真実に気付かなければ、Bさんとの出会いが、『自分は人に愛されない』ことの新たな裏付けになってしまう。このままではAさんは、人に会うことがどんどん恐くなっていくだろう。なぜって、外の世界に『私が本当は悪魔のような存在だって知っている人』が大勢いたとしたら、誰だって安心して暮らせるはずがない。

世界は恐い場所で、生きることが不安でしょうがないとしても当たり前ではないか。



もう一度Bさんの言葉を見てみよう。

「繊細すぎる」という言葉は、「あなたのそういうところは改善した方がいい」という意味はあっただろうけれど、さらに「そうしたら、あなたともっとつき合いやすくなるから」と続くはずだ。それは「あなたとこれからもつき合っていきたいから・・・」と思えないか? それは “愛だった” と言えるのではないか?

Bさんにとって、Aさんが本当にどうでもいい相手なら、わざわざこんなことは言わない。


じゃあ、その愛を拒絶したのは誰?


Bさん? いいえ、Aさん。つまり自分だけ。
自分が自分を嫌ってるという事実を、Bさんは鏡となって映し出してくれていたんだ



『本当は愛すべき自分』

Aさんへ。

本当はBさんはあなたのことが好きだったのだと思う。二人は仲のいい友達になれたかもしれないし、あなたは人に好かれるところがいっぱいあるんだ。

でもその事実をあなたが認めるまで、辛い人生は続く。だから、あなたはそろそろ選択しなくちゃならないと思うんだ。

自分の良いところを認めて好きになること。自分を善い者として信じるということ。『善いところも悪いところもひっくるめた自分』をしあわせにしてあげること。今度こそ、自分を愛するって覚悟すること。

この覚悟は、誰にも代わってもらえない。

私が代わりに『あなたを大好き』って、100万回言っても、ダメ。
他の100万人に言ってもらったとしてもダメ。

なぜかというと、あなたは「その人たちの心が、いつ変わってしまうか?」と、恐れはじめるから。「本当に変わらない?」って、相手が降参するまで試し続けてしまうから。「この人こそ」と想い、次に相手を試し、そして最後に “失格” と烙印を押す。そしてまた、孤独になってしまう・・・、その繰り返し。

(注)逆に、自分が『失格』にされた経験もあるはず。その時の悲しさや淋しさを思い出して欲しい。その気持ちをあなたは相手に味わわせていることを。



でもあなたの人生には、たった一人、“絶対にあなたを裏切らない人” がいることを知って欲しい。

その人は、あなた自身。あなたが「絶対に自分を見捨てない!」って心に決めれば、その瞬間からあなたは孤独じゃなくなる。『(どんな自分だったとしても)絶対に見捨てないで、愛してくれる人』あなたが探し求めていたその人は、あなた自身なんだ。

自分を嫌っている人は自分の影の部分を否定し、「良い人でなければ愛されない」と思っている。そして、良い人でいるために、自分のニーズや感情を犠牲にしてでも、他人の機嫌を伺うようになっていく。その結果、更に自分を嫌いになってしまう悪循環にハマっている


でも…、自分の嫌なところや醜いところを見て、『こんな自分嫌いだ』と言うのは、実は簡単なことなんだよ。それをひっくり返して、『人生の中でいちばん嫌って来た人物』を愛せるようになろう、と言うんだからカンタンに出来る訳がない。

だからこそ、覚悟がいる。苦しい時、辛い時にも『こんな自分嫌いだ』って、言わない決意が。しかし、もしあなたが自分のためにそれをやり遂げる覚悟をしたなら、もう癒しは半分まで来ていると思ってもいい。

そう思える人は、先祖代々からバトンを受け継いで来た代表選手だ。不幸の連鎖を終らせるアンカーに選ばれた人だ。そして、『私がアンカーです』と宣言したのだ。

あなたがしあわせに生きることを選択すると、ご先祖様も、今共に生きている親兄弟、子どもたちみんなの魂が、沿道からあなたを応援してくれていることに気付く日が来る。

たった一人のマラソンじゃなかったと気付く日が、あなたの生まれ変わりの日になる。


Comment 0

What's new?