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あなたの「最後の」カウンセラーになります。今度こそ本当に自分を幸せにする覚悟でおいでください。by ライトハウスカウンセリングルーム

真の自己・真の愛

  21, 2008 03:16
「なあおまえ。おまえがわしを大切にしてくれるのは、わしのためではない。おまえ自身のためだ。おまえが大切にしているのは、おまえの真の自己が大切だからだ。何よりも真の自己が大切だからこそ、ほかの者を大切に思えるのだ。ほかの者へのおまえの気持ちはすべて、おまえの真の自己への大きな愛のほんの小さなあらわれにすぎない」

~ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッドで、ヤージュニャヴァルキャが妻マイトレーイーに~(神の詩/サティア・サイババ著より)


このヤージュニャヴァルキャの言葉が大好きです。

サイババは言います。
『大好きな人がいて、深い繋がりを感じていれば、どんなことをされたとしても、その人がずっと好きなのは変わりません』

もうひとつ思い出すのは、作家の三浦綾子さんの夫光世さんの言葉。

難病で毎日数時間のマッサージを必要とする綾子さんを、毎日毎日マッサージする光世さん。綾子さんは夫に申し訳ないと思います。そんな時、光世さんはこう言うのだそうです。『It's my pleasure.』~それは私の喜びです、と。

その人を愛することが、すなわち『喜び』であって、それ以上の見返りを一切求めていないのです。その『喜び』は、無限です。どれだけ味わってもいいのです。『喜び』に満たされた人生です。

自分の魂を『喜び』で満たしている人…。
マイトレーイーと光世さんの魂は、どんなにしあわせなことでしょう。


私たちの苦しみの根源は、『あの人が想い通りにならない』ということです。言い換えれば、『あの人は想い通りにならなくて当たり前』なのです。



会社の上司や同僚も、友人も、配偶者も、両親も、想い通りになんかなりません。彼等があなたをとても愛してくれていたとしても、それは『あなたが期待したカタチの愛』ではないことの方が多いでしょう。


『あなたが期待したカタチの愛』が返って来ること=愛、ではないんです。

あなたもまた、『相手が期待したカタチの愛』を捧げ続けるのは不可能です。『期待したカタチではないもの』の中に、愛は散りばめられています。


たとえそうは思えなかったとしても、です。




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