POST
あなたの「最後の」カウンセラーになります。今度こそ本当に自分を幸せにする覚悟でおいでください。by ライトハウスカウンセリングルーム

弔う

  11, 2014 06:57
自分のとても辛かった過去が、
「ああ、もう終ったことなんだなぁ」
って、わかるのは、
それを語れるようになったとき。


だから逆に、「まだ人に話したくない」
あるいは「話せない」と感じているうちは、
まだその問題は自分の中で解決していない状態。


だからと言って、なんでもかんでも
誰にでも話せばいいってわけじゃなくて、

ここは安全だ、と思える場で、
この人は信頼しても大丈夫、
と思える人たちに聞いてもらえたらいい。


私が学びに行くコミュニオンの場は、
本当にそんな安心・安全な場。


私も何度もそこで、想いをさらけ出して、
受けとめてもらってきた。


講座が(自分にとって)そういう回になるときって、
別に「今回はこのことをぶちまけよう」
なんて思って行くわけではない(笑)。


でも、私たちの『葛藤』というものは、
最後の最後、昇華の段階に来ているとき、

それを「心の中」という陰の世界から、
言葉にして語ることで、白日の陽の世界へと
送り出されなければならないのだと思う。


『葛藤』は、実は心の中で
じっとその機会を待っている。

そしてチャンスが来たとき、溢れ出す。


(だから予想は出来ないし止められない・苦笑)


その日、その場でその人の『葛藤』が
白日のもとに差し出されることは、
きっとすでに決まっていたことで、

その日、その場に居合わせる人も、
予定通りに集まっているのだと思う。


それは『葛藤』が『愛』に昇華される儀式だ。


『葛藤』の死に立ち会う葬送の儀であり、
『愛』の誕生に立ち会う喜びの儀でもある。


見栄や恥ずかしさは、
すでに削ぎ落とされていなければ、
その儀式にはたぶん臨めない。

ある意味、全裸になってしまうような瞬間だから。

そして、

そんな全裸の自分を受け入れてもらう体験は、
私たちを一回りも二回りも強くしてくれる。


「このままでいいんだ」
「私のままでいいんだ」


そう思えたら、強くなってしまう。


そうなるともう、
どこででも語れるようになってしまう(笑)。


「あれはもう、終ったんだな」
と、思うのはそんなとき。


思えばたくさんの葛藤を、弔ってきたんだなぁ。

そして、また新しい葛藤が、
生まれては死んで(消えて)いく。

生きている間、何度も何度も。
その繰り返しが人生なのだ。


葛藤に「これで終り」ってことはないから、
まだまだ学べる。どこまでも学べる。


だから、人生は楽しい。



Comment 0

What's new?