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重い障害を生きるということ(本の覚え書き)

  09, 2012 17:56
重い障害のある人たちは、世界をどう感じているのか。生き甲斐や喜びは何か。


重い障害を生きるということ (岩波新書)重い障害を生きるということ (岩波新書)
(2011/10/21)
高谷 清

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●(多くは寝たきりの)この人たちにあるのは「いのち」だけであると言える。この人たちが大事にされるということは、「いのち」が大事にされるということであり、この人たちが粗末にされるということは、「いのち」が粗末にされるということになる。(p3)

●人間の精神は、理由の分からない耐えがたい不安と恐怖にさらされたとき、自らの身体を殺してしまうことによって、終息させることがあるという恐ろしくも尊い事実であった。(p36)

●「未来も過去も存在せず、(中略)すなわち過去のものの現在は記憶であり、現在のものの現在は直覚であり、未来のものの現在は期待である」ローマ時代の思想家アウグスティヌス(p68)

●(重い障害のある人にとって)、過去の実際の経験(記憶の現在)が乏しいことが、現在を生きることの貧しさ、寂しさにつながっているのではないか。障害のある人にとって、特に移動の問題とかかわって、生きる喜びとして時間の問題とともに記憶の問題も考えたいのである。(p70)

●嘘をつき、盗み、無表情な顔で大人の厚意を受け付けず、大人の心を読んで立ち回るしたたかさを持った子どもたち(戦災孤児ら)の、時代から痛めつけられた「そのまま」の姿が、周囲の大人が本当に自分の味方だと知った時に、たちまち変わり、「善意と、共感と、向上の意欲」という人間の「ありのまま」の姿が立ち現れてくるのを知った。(p168)

●苦痛がなく、安心出来る環境において、「からだ」自体が自分の存在は気持ちが良いと感じているとき、ここにもっとも基本的な喜びがあるのだろう。気持ちがよい「からだ」は、「いのち」が気持ちよく存在していることであろうし、「こころ」も安心しているだろうと思う。「生きていることが快適である」「生きている喜びがある」という状態が可能であり、そのことを実現していくことが、直接かかわっている人、社会の役割であり、人間社会の在りようではないか。(p193)



●想ったこと、あれこれ。

障害の有無にかかわらず、私たちに共通する部分がたくさんあった。

「善意と、共感と、向上の意欲」を持っているのが、人間の「ありのまま」の姿である、というところ。この言葉にとても共感する。が、心を病んでいる時、人は自分がそのような存在であると思えてはいない。

理想の自分とのギャップに苦しみ、更に自分を痛めつける。それはこの社会の、今の時代の「そのまま」を表しているのだと思う。「そのまま」から「ありのまま」に、とは、「なりたい自分になる」のではなく、「ありのままの、本来の自分に戻り、自分らしく生きられるようになっていく」こと。本来の人間性はとても素晴らしいのだから。

そのように生きられる人がたくさん増えることが、この社会の、今の時代の「そのまま」を変えるに違いないと信じているので、この仕事を通してその一端を担えるなら…と願いつつ。


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