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2020年になりました

あけましておめでとうございます。

2020年が始まりました。
2020年…、なんだかすごい未来感を感じます。
1980年から90年代にかけて、青春時代を過ごしたからですかね~(^-^;。

生まれた時には無事に育つか危ぶまれた私も、なんと50代に突入しました。
案外図太く生き延びております。

しかし、昨年は体調を崩したことで、シリアスにこれまでの人生を振り返り、
また「これからどう生きたいか?」を考える機会を得ました。
これはとても良かったことです。


昨日(一月三日)、一時間ほど時間を取って、毎年恒例の目標設定をしました。
紙に書き出して専用のファイルに入れて、あとはほぼ忘れるんですけど、
やらないと気持ち悪いので(笑)。

そういった目標とは別に、昨年末は「とてもいいメッセージを頂いたなぁ」
と思うことがあったので、ここに書いておこうかと思います。

ひとつめはお客様の名言です。

「痒い時に掻けるのって、幸せだなぁと思ったんです」
という言葉。

ほんと、その通り!!

「お腹が空いたらご飯を食べる」
「眠くなったら寝る」みたいに、
「痒い時に掻ける」

「やりたいからやる」というのとはちょっとニュアンスが違うんですよ。
「~~をやりたい」というのには“思考”が入ってますが、
もっと本能的なものに動かされる感じというか。

 『「そんなことしたら、人にどう思われるか?」と、本能をシャットアウトしてしまわないこと』

これを今年は意識していきたいと思っております。


もうひとつの有難いメッセージは、斎藤一人さんの本から。
年末からまた一人さんブームが来てるのですが、
この本はイチ押し!

「気前よく」の奇跡
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最初の数ページから痺れます。
大きな文字で、一人さんの言葉がつづられています。

あなたの日常を変えようとしないでね。
何かする前に、「気前よく」と言うだけでいい。
(中略)
「気前のいい人生が」はじまりますよ。


本当に、言うだけでいいんです。
「気が」「前に出る」と、
思考の後ろに引っ込んでいた「本来の自分」と繋がれるのです。

思考は過去の記憶から出てくるもので、
過去の枠を超えることが出来ません。

それが『観念』となって、私たちを縛っているのです。
それを、ひょいと跨いで「自分」が前に出てくるような、
そんな気がします。

「ツイてる」「許します」「ありがとう」と、
今までもいっぱい一人さんの教えを実践してきましたが、
この「気前よく」が一番即効で効く!と感じました。

サクッと軽く読める本ですが、本当に深いな~と感動。
まずは7回読んでみようと思います。

「気前よく」の奇跡(Amazonへ)

ではでは、皆さま、2020年もどうぞよろしくお願いいたします<(_ _)>



テーマ : 幸せになる考え方
ジャンル : 心と身体

心地いいことを優先に

たぶん15年は使っている、愛用の『無添加ガーゼケット』

くたくたに柔らかくなったガーゼの感触が大好きで、
夏も冬もコレにくるまって寝るのが至福の時間。

しかし、さすがに15年目…。
いよいよ縁から破れてきてしまいました。

洗い替えも、新しいガーゼケットも買ってあるけど、
まだお役御免にはしたくない。

そこで、ほつれ部分を
木綿糸でチクチクと縫ってみました。

こういう地味な作業をしているとき、
私はなにか満たされた気持ちになります。

IMG_1526.jpg

こんな感じで何か所か補強しまして、
これでもう少し使えるかなぁ、と。

同じガーゼのシーツもお気に入りで、
何年も大事に使っています。

ガーゼシーツはケットよりは早く摩耗してしまうので、
もう何枚か買い替えていますが、
ただ捨てる、ということはありません。

まだ使える部分で枕カバーを縫ったり、
縁をパイピングしてバスタオルに加工したり、
工夫して使い切るのが好き。


あと最近、ずっと気になっていた
『ダーニング』のキット付きムック本を買いました。

ダーニングというのは、洋服などのシミやほころびを繕う、
イギリスに古くから伝わる修繕技術です。

IMG_1538.jpg


まだ修繕はしていないけど、
お気に入りの靴下が薄くなったら、
ダーニングしてみようと密かに思っています。

コロンと可愛いダーニングマッシュルームは
見ているだけでほっこりします。

「やらなければならないこと」に追われて、
繕い物をするようなほんのわずかな時間が
取れなくなることもありますが、

こういう時間こそ大事にしたいなぁ、と思います。






「私はこう生きる」って決めれば、きっとそうなる。

昨年前半にハマった本をご紹介。

これも一種の自己啓発本なのですが、
反対方向へ振り切ってます。

それが、スカッと気持ちよかったんですよね。

「私はこう生きる」って決めれば、どんな生き方も可能なんだ!
と思わせてくれたから。

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それも、
「最小限の収入で、ハッピーに暮らす」
という、一瞬後ろ向きにも見えるその生き方が、
実はちっとも後ろ向きではなく、
「イヤなことはしない」という自分の信念を、
一ミリも曲げることなく実践されているなんてスゴイ!

対して、私たちは、
社会や他者から刷り込まれた価値観を、
いかに自分のものと錯覚しているんだろうか?
と考えさせられたのです。

そして、著者のように
『自分がハッピーに生きるのに必要な金額』が、
分かっている人って案外少ないと思います。

著者の質素な生活は、
彼にとって等身大の喜びであることが、
本の中から伝わってきます。

多くの人が「お金さえあれば」と、
そのためには「何者かにならねば」
「成功せねば」と躍起になっているか、
あるいは「自分には無理だ」と諦めて、
投げやりになっているかのように思えます。

有意義で、誰に聞いても非のない
「すごいね」って言ってもらえることを
していないと成功じゃない、と。

でも『成功』って、
『自分の心が喜んでいる状態』のこと。
著者は本当に日々ハッピーな成功者です。

もちろん、社長になって大きな何かを成し遂げることが、
もっとも自分の心が喜んで、幸せを感じられるならそれを選べばいい。
「自分はこう生きる」って決めれば、きっとそうなる。

それが「社長」か、「隠居」かの違いだけで、
どっちもおんなじことなんだ、と。

もし宣言しても願った状態にならないとしたら、
どこかそれは本心からの願いじゃない可能性があるのかも。

あるいは、本当に社長になってみたけど、
心が自由で幸せを感じられないって分かったら、
また選びなおしたっていい。

「こんな社長」から「あんな社長」でも、
「社長以外の何か」でも、
「自分はこう生きる」って、そこで新たに決め直せばいい。

それまで満足していた生き方が、
ある時急につまらなくなることだってあるだろう。

そうしたら、またワクワクする生き方を選びなおしてみよう。
私たちはいつだって自由に生きられるんだ、と思う。

著者の生き方がこうして本になり、それに共感したり、
救われたり、気づいたりする誰かもきっとたくさんいる。

「~であらねば」と言っているときも、
私たちは無自覚に選択しているって、
気づいたらラッキー。

「ねばならない」を外して、
本当に望む生き方に近づいていけたら、
その過程もきっと楽しい人生だと思う。

この本に、ホリエモンが共感し
「考え方は全く同じ」と言ってているところも面白い♪
個人的には超おススメです。

何が成功かは自分で決める。
人生の成功は、自分の心が喜んでいること。

 

あの人は私より上か下か…?

人との関わりの中で、すぐに
「バカにされた!」「蔑ろにされた!」
と怒り傷ついてしまう人がいます。

彼らは、自分以外の他者のことを、
「自分より上」か「自分より下」のどちらかに
分けて見るクセがあります。

そして「自分より上」の存在に対しては、
神のような完璧さを求めていて、
ちょっとでも理想像に見合わない面を発見すると、
裏切られた感じがするのです。

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PublicDomainPicturesによるPixabayからの画像

「あなたは私よりもずっと大きな存在なくせに、
小さい私を守ってくれなかった」
「自分より小さい私をいじめるなんて酷い!」

そう言って相手を糾弾します。

その時、自分をより“小さな存在”として
貶めていることには気付きません。


また、「自分より下」の存在に対しては、
全てにおいて私より未熟(であって欲しい)と
内心思っています。

けれども、その相手に
何かの才能や魅力を感じ取ると、
瞬時に激しい嫉妬が湧き上がります。

そんな相手がちょっとフランクすぎたりすると、
「(こんな劣った存在に)自分を小さく扱われた!」
と、激しい怒りを感じます。

そうして、
「“やっぱり”自分は小さくて価値のない存在なのだ」
と感じ、苦しむのです。

実はそれが、その人のセルフイメージの現れです。

そのセルフイメージが、
このような「自分をちっぽけに感じる体験」を引き寄せています。


しかしこの「白か黒か」「100か0か」という人の分け方は、
かなり極端なものです。

そしてお気づきでしょうか?
「上か下か」のみ、って変じゃないですか。
「自分と同じ」の人がいないんですよね。

他者は「自分より上」グループか、
「自分より下」グループ。

そして「そのどちらにも属していない自分」は、
ポツンと一人ぼっちです。
でも「上の人間にはどうしたって敵わないし、かと言って下の人間と一緒になるのはイヤ!」
と思っているので、ますます孤立してしまいます。

相手側から見たその人も、
「こちら側ではない人」
になってしまいますから、
仲間意識を持つことはできません。

いつまでも平行線です。


でもね、
そもそも「自分より上」「自分より下」という分け方自体が、
妥当なものなのか? って疑って欲しいんです。

その人の何を見て、
自分より上だの下だのと判断したのでしょう?

その人のすべてを知っているわけでもないのに、
どうしてそう言い切れるのでしょう?

肩書があるから上?
学歴がないから下?
年下だから下?
結婚してるから上?
お金があるから上?
離婚したから下?
安定した仕事に就いているから上?

そんなのその人のほんの一面です。

人は、あなたより上の面も、
あなたより劣っている面も、
あなたと同じような面も、
あなたにとってどうでもいい面も、
あなたと同じように苦しんでいることも、
いろいろあって一人の人間として存在しています。

あなたもそうです。
あなたは人より優れている面も、
人より劣っている面も、
人と同じような面も、
人にとってはどうでもいい面も、
人には気づかれず苦しんでいることも、
いろいろあって一人の人間です。

つまり、あの人も自分も
そういうごちゃまぜの存在として、
つまるところはみ~んな同じ。

そう思えたら、目の前の人とも
なんだか一体感を感じられるようになるかもしれません。

上か下か…じゃなくて、
「なんだ、みんな一緒なんだ」
そういう自分になってみてください。

目に見える世界は変わります。
引き寄せられる体験も、きっと変わります。






テーマ : 心の持ち方
ジャンル : 心と身体

プロフィール

三浦 望

Author:三浦 望
☆心理カウンセラー
☆OHカードナビゲーター
☆エニアグラムファシリテーター
☆現代レイキマスター

北海道室蘭市在住
得意分野は共依存・親子関係・職場の人間関係・劣等感・自分が嫌い…
自身のDV体験、ウツ体験から心理学の世界へ。エニアグラムや各種心理療法を取り入れた提案型カウンセリングを得意とする。OHカフェ他、ワークショップなども随時開催中。

1969年室蘭市生まれ(女性)
離婚歴有 子供なし
パートナーと二人暮らし

ライトハウスカウンセリングルーム
八丁平4丁目バス停より徒歩5分

三浦望公式サイト
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