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おついたち会、ですね(^^)。

毎月一日七時から、斎藤一人さんがみんなに波動を送ってくださる日です。
今からでも間に合いますよ~♪

ペットボトルの水やお塩を用意して、時間を待ちましょう。
七時になったら手を合わせて、一人さんの波動を受け取ります。

このお水とお塩は、料理に使ったり、盛り塩にしたり自由にお使いください。
味はまろやかで美味しくなります。
健康増進に、ぜひ(^-^)v。



「おついたち」、実は昔の職人さんが大切にしていた日のようです。
月の初めの一日、新しい道具をおろしたりしますよね。
(私は毎月一日に、歯ブラシを新しいものに変えます)
一日にはお赤飯を食べる習慣もあったようです。

昔の人は、太陽を「お天道様」、月や星は「お月様、お星様」と言うように、
「一日」にも「おついたち」と、おをつけています。
この日が神聖なものであったということなのでしょう。

年度始めでもある四月。
一人さんの波動をいただいて、気持ちも新たに前向きに!


----------------------------------

余談ですが☆
プロフィールの画像を顔写真にしてみたんですが、
(見た方いらっしゃいますか?)
数日後、なぜか表示されなくなりまして・・・。

とりあえずもとの画像に戻しました。
顔写真、ネット公開には耐えられなかったんでしょうか・・・(-_-;)。

テーマ : 悩み解決とくとく情報
ジャンル : 心と身体

私を愛してくれているのなら…

私を愛してくれているのなら…、あなたは○○をするはずだ。

そんなルールを私たちはたくさん持っています。

けれども一緒に暮らすパートナーに
そのルールをちゃんと伝えている人は稀でしょう。


だから、
相手は知らぬ間にゲームの参加者になっており、
ある時急にイエローカードが提示されて驚きます。
(もしかするといきなりレッドカードかも…?)


今回は離婚のご相談の中で
良く聞くお話をシェアしたいと思います・・・。




■結婚記念日は、夫は共にその日を祝い、プレゼントをしてくれるはずだ。

↑こんな自分ルールを持った妻がいたとします。

何回目かの結婚記念日、
仕事が忙しくてうっかり忘れてしまった夫は、
いきなりレッドカードと共に、
退場を言い渡されるかもしれません。


妻にとっては、
『結婚記念日を忘れる=私を愛していない』
と、いうことだからです。


事実は、夫は変わらずに妻を愛していました。

ただ、彼にとって記念日というのは
あまり重要ではなかった、

それ以上に仕事に打ち込むことで、
家庭を守ることが愛情表現であった…
と、いうことでした。


ここで、結婚記念日を
とても大切に思っているのは妻の方です。

結婚記念日を同じように認識していない夫に
期待通りの行動を求めても、失望するだけです。

勝手に期待して、勝手に失望するんです。


だからもしも先に、
このルールを夫に伝えておいたなら…?


まずひと月以上前からカレンダーに印をつけて、

「もうすぐ結婚記念日ね」
「記念日って、私にとってすごく大切な日なの」
「この日は二人でゆっくり食事にでも行けたらうれしい」

「だからこの日は仕事を早く切り上げてもらえる?」←お願い


この【お願い】をして、夫が
「わかった。レストランも予約しておこう」
と言ってくれたのなら、約束が成立しています。

でも、何も言わず黙ったままで
当日を迎える奥様たちは多いのです☆


そして案の定、
結婚何年目かで記念日をうっかり忘れた夫は、
突然イエローカードを突きつけられます。


妻:「あなたの私への愛情が冷めてしまったことがわかりました。私は出て行きます!」

夫:「ええ~っ !?」

と、まあこういう展開になるまでには、
相当な想いのすれ違いがあってのことではありますが、

そのすれ違いの数々は、お互いの自分ルールが
相手にちゃんと伝わっていないことが、
ほとんどの原因じゃないかと思います。


【期待する】→【相手が期待通りの言動をしなかった】→【愛されてないかも?】

この繰り返しでだんだんと
夫への不信感を募らせてゆき、

ある時点からは『自分は愛されてない』という
証拠集めのようになっていきます



【期待する】→【相手が期待通りの言動をしなかった】→【ほらね、やっぱり愛してない】

……といった具合に。



 そうしてやってくる結婚記念日当日。
 奥様はこう思っています。

 「今度の結婚記念日を、夫が覚えていなかったら……。決定的ね。」


 あの……質問ですけど、何が決定的なんでしょうか??


 「何って、あの人は私のことなんかどうでもいいってことよ!」





読んでいて血の気が引いた旦那様、
でも本当に多いんです、この展開(泣)。


だから、こんなすれ違いを世の中からなくして、
より良いコミュニケーションを取れるように
サポートをしていきたいと思っている次第です。


特に旦那様。

事態は水面下で進行していますので、要注意です……。


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私のお仕事について

『締め切りのある仕事』を、することがあります。

しかもいくつかの仕事が、見事に重なってくれてました。
重ならなければ、それほど大変じゃないんだけど☆
プライベートな用事もあって、身体がきつかった~。

<(; ̄ ・ ̄)=3 フゥ...

ようやっと抜けた、プチ修羅場でした。


一時、この仕事に向かおうって気持ちが萎えてしまったのだけど、
十数年私を養ってくれた、大切な仕事だったなぁ~と、
想いなおすことが、最近ありまして☆

そうしたら、ぱたぱたと依頼が入って来たのでした。
そっか『休業』ってシャッター閉めてたのは、私のほうだったというわけですね。


カウンセラーとして生きるんだ!と、カンバンを上げた時は、
正に清水の舞台から飛び降りるような決死の覚悟でした。
(ホント、怖かった~)

そして、それまでの仕事のことをあまり話してこなかったのですが、
これからは一緒にやっていく、というのもいいかな?と思うようになりました。


私がこれまで生業としていたのは、DTPデザインと写真撮影です。
追々、こちらの仕事のことも書いていこうかな~、と思います。

カウンセラーとしての私しか知らない方も、
デザイナーとしての私しか知らない方も、今後ともどうぞよろしくお願いします。



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ジャンル : 心と身体

ありがとうございます(^人^)。

今いる環境が、何一つ変わっていないのに、
まわりの人も誰も変わっていないのに、
なぜか、人が集まって来るようになってきました。



そんな言葉を聞かせてもらえる時が、カウンセラーの至福の瞬間です。
その人を包むオーラが柔らかく、温かいものに変化しています。
お話を聞いているだけで、こちらが癒されてしまうほど。。

悩みそのものはまだ存在していても、笑える瞬間があっていいんです。
しあわせだな、って感じていいんです。
あなたがしあわせに生きることが、宇宙への貢献です。



カウンセリングって、やっぱりいいなぁ~♪
一回一回、素晴らしい体験をさせていただいています。

感謝!!


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代表選手のあなたへ

カウンセリングの場まで辿り着く人は、
『代表選手』だなぁ、と思います。

そのクライアントさんの家、
つまり『○○家』の親の代、
そのまた親の代から、連綿と
受け継がれる連鎖の鎖を
断ち切る使命を持った、
期待の星なのです。


カウンセリングの入り口は様々でも、
結局行き着く先は親子関係です。

親との和解は、
幸せな人生のために必要不可欠です。

親を恨むことは、ひいては
宇宙を恨むことと同意です。

宇宙を恨むことは、私たちの
存在そのものを否定すること
にもなるのです。



よく『親に謝罪して欲しい』と
言う方がいらっしゃいます。

その気持ち、とってもよく分かります。
私も長いことそう思っていたからです。


だけど、仮に大人になったあなたが
立場逆転して親に詰め寄り、
謝罪の言葉を言わせたとしても、
きっとあなたは幸せにはなれません。

相手に無理矢理言わせたって、
心は満足できないから。


親の方もなかなか素直にはなれません。

なぜかって?

親は親として、
「どの瞬間にも我が子にとって
最善と思われることを、
選択してきた」という、
絶対に譲れない思いがあるからです。



「謝罪して欲しい」というのは、
「あなた方は間違っていたという
ことを、認めろ」ということです。

それには
“あなた方が私を本当に愛していたのなら、
私が本当に求めていたことをわかって、
そのようにしたはずだ”

という裏のメッセージが隠れているのです。


つまり、

親が謝罪するということは、
イコール「親である私が間違っていた」

さらに、
「私はあなたを
本当に愛してはいなかった」と、
認めさせられることです。


それは酷です。



親の選択は、確かに
間違っていたかもしれない。

だけど「愛していなかった」
のではないのです。

あなたを心から大切に想って
いたからこそ、そうしたのです。


たとえその親が未熟な存在で、
未熟な選択だったとしても、
そうだったのです。



親が「自分が間違っていた」と
認めることの難しさは、
ここにあるのではないかと思います。


『私は間違っていた=私は(あなたを)愛していない』


最愛の我が子に、そんなことは
絶対に言いたくないはずです。

自分の愛情を偽りにしたくないのです。



あなたに質問します。


『間違っていた』ことと、
『愛していない』は、
本当にイコールですか?



この方程式こそが、実は
先祖代々受け継がれて来た
誤った考え方なのです。



だから、こう言った方が
いいのではないでしょうか?

私はあなた方(親)に、
本当は愛されていた。

けれどもあなた方の選択には、
間違っていた部分もあった。

そのことによって、実は
私はとても傷ついていたのだ……と。



無償の愛を注いでいるのに、
それを否定される親の辛さは、
本当に辛いものだと思います。


親になったことのない私にも、
それが分るように、宇宙は
ちゃんと私の人生にも必要な
シナリオを用意してくれていました。


それは、どんなに愛情を注いでも、
けっしてそれを信じない人と
出会うこと。


そしてそれを信じさせようと、
必死になる私と彼の戦いの日々です。

それは長く長く、お互いにとって
とても辛いものでした。



ある日気づいたのは、
『その人は私自身の鏡だった』
ということです。


それに気づいた時、私は憑き物が
ポロッと取れたように感じました。


私がずっと責め続けて来た私の親は、
どれほど悲しかっただろう……?

本当に大切な愛している相手に
「偽善者!」と罵られる苦しみを、
その瞬間に理解したのです。



親の親としての絶対に譲れない思い。

「どの瞬間にも我が子にとって
最善と思われることを、
選択してきた」

これは、認めてあげて欲しいのです。




親のまた親、祖父母のまた祖父母。
このテーマは、きっとどこまでも
遡ることが出来るのではないか
と思います。


だから、
今ここに生きているあなたが、
この連鎖を終わらせて下さい。



みんなみんな、愛していたのです。
だから命は受け継がれて
きているのです。


もしも本当に、
あなたを愛していないのならば、
その人はとうの昔に、
あなたから去っていったでしょう。


でも、今もその人たちは
あなたの親としてそこに居るのです。
それが事実です。


その “やさしい事実” を、
あなたが受け入れた時、
きっとあの世では、
○○家のご先祖さまたちが
拍手喝采してくれています。



そして、
あなた
本当に愛していたのなら、
が本当に求めていたこと
をわかって、そのようにしたはずだ”



このように誰かを責めることも、
もう止めて欲しいんです。


このセリフは、実は、
あなた自身の首をも絞めるからです。


主語を反対にしてみてください。

あなたを本当に
愛していたのなら、
あなたが本当に求めていたことを
わかって、そのようにしたはずだ”



どうですか?

私たちは、誰かを
とても深く愛することが出来ます。

でも、自分以外の誰かの
“本当に求めていること”を、
まったくそのとおりに理解すること
など、エスパーじゃない限り
不可能ではないですか?


つまり、

『愛していても、その人の望むことを
そのまましてあげられないことがある』

という現実を、
ありのままに認めなくては、
あなた自身の人間関係が
親密になればなるほど、
苦しくなるのです。



相手がちょっと不機嫌に
なっただけで不安になったり、

自分のやり方が間違っていたのでは
ないかと、あれこれ悩んだり、
自分を犠牲にしてまで、
相手に尽くしてしまったり……。


そうして、手に入るのは
愛情ではありません。


『こんなに頑張ったのに!
どうしてわかってくれないの?』
という、怒りと無力感です。



もしも今、そんな状況で
あなたが苦しんでいるのなら……、
あなたは○○家の代表として、
選ばれた人です。


あなたが本当の連鎖に気づくことで、
今生きているあなたの家族も
きっと変わります。


愛の連鎖に気づくと、
本当に人生が幸せに変化していきます。


関連記事:無償の愛
     無償の愛2
     無償の愛3
     無償の愛4
     無償の愛5
     分からなくていい。


テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

止める

『この、連鎖を止めるってどういうことなんでしょうか?』
そう、クライアントさんに投げかけられました。

それは、『自分自身でいること』じゃないかなと思います。

本当は臆病な自分や、自信のない自分。
そんな自分をありのままに受け入れて、好きでいること。
それはつまり、自分を嫌わない、ってことです。


自分を否定しているから、そんな自分が嫌いだから……、
本当は臆病なのに自信満々なふりをしてしまいます。
本当は弱いのに、強気なふりをしてしまいます。
本当は淋しいのに、淋しいって言えません。
本当は怒っているのに「怒ってないよ」って言ってしまったり。

そうやって自分にも、人にも、嘘をつき続けることになります。
とっても苦しいし、泣きたい時にも泣けない生き方です。

そうすると、行き場のなくなった感情は怒りに変わります。
人生そのものを恨みたくなってしまうかもしれません。
パートナーにも、友達や親にも、上司や同僚にもこう言って迫ってしまうかも。

『どうしてわかってくれないの?』って。

『こんなに苦しいのに頑張っている私を、どうして認めてくれないの?』って。



そんなときは、“ふり”に頑張ってしまっているんです。

だからね、頑張らなくてもいいんですよ。

ああ今、私は淋しいな……、とかって受け入れられればいいだけです。
それは辛い感情かもしれないけど、嫌う必要はないんです。
自分でそれをどうにもできなかったら、誰かに助けを求めてください。

「今とっても淋しくて……、話を聞いてくれる?」
ってお願いししたら、きっと「OK」って言ってくれる人がいます。
一人目でダメだったら、違う人に頼んでもいいんです。
相手にも都合があるし、精神的な余裕のあるときじゃないと出来ませんから。
何人かにお願いしなくてはならなかったとしても、
それが“私は愛されない”という証ではありません。


こんな弱い、ダメな自分じゃいけない!って、
自分を受け入れず、否定していたのは他でもない自分自身。
その思い込みがあるから、たった一人でも「NO」と言われただけで、
「ほらね、やっぱり。みんな私を本当に受け入れてなんかくれない」
と、結論づけてしまうクセがついているんです。

そうではなくて、そのままのあなたを受け入れてくれている人がいる。
その“事実”を、確認してみてください。
あなたは一人じゃないし、そのままで愛されています。


何かが出来るからとか、出来ないからとか、
学歴やなんかとは関係ありません。


あなたが自分で歩くことも食べることも出来なかった頃、
飢え死にせずに今日まで大きくなれた人であれば、
あなたは、無償の愛で包まれ育まれたことがある、ということです。

あなたは“誰か”の大切な人なはずです。
だから、そんな一番大切な自分を嫌わないで、どうか好きでいてください

それが『自分自身でいること』
すると、連鎖は止まります。


関連記事:代表選手のあなたへ
     種の策略
     生きてるだけで

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かたつむり

ひさしぶりに「かたつむり」に出会いました。
実家から「葉わさび」をもらってきたら、葉っぱについていたんです。

小さくて、人差し指の先っぽくらいの可愛いヤツ。

それを見て、「ああ、身の丈に合った大きさの殻を身につけないとなぁ……」
なーんて思いました。

だって、こんな小さなかたつむりが、何倍も大きな殻を背負ってたとしたら……?
ちょっと進むのにも大変な苦労でしょう。
身体を引っ込めて休もうとしても、殻と身体の間には大きな隙間があって、
きっとすうすうして落ち着かないでしょう。
うっかり葉っぱから落ちてしまったら、起き上がるのも大変でしょう。

そして他の人の目に、本当は隙間だらけの小さな自分を見透かされないかと、
いつも緊張してしまうでしょう。


こんなことを、結構しょっちゅうやってしまいます。
本当は、殻の大きさなんて関係ないんですよね。
それで終わりじゃないんだし、みんな成長過程にいるからです。

何よりバランスが取れていることが、一番調和して美しく見えるんです。

頭でっかちになりやすい自分の傾向に、気づいてね!って、
かたつむり君が来てくれたのかもね。
ありがとう。


明日は居心地の良い草むらを探して、放してあげなくちゃ☆



テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体

あった!

この数日、『あるもの』を私は探していました。

それはプロジェクターと、スクリーンです。
それが、今日両方見つかりました!

ぜんぜん関係ない仕事の用で訪ねた先に、それはありました。

写真の仕事で行ったあるスタジオ。
いつものように仕事をしながらの世間話。
そして・・・、ふとカメラマン氏の背後にあるものが目に入りました。

それは、写真を撮るための背景(バックペーパー)と突っ張りポール。
私の目はカメラマン氏を素通りして、釘付けに!


「スクリーン(じゃないけど、代用品)発見!!」


プロジェクタはま別の場所にあったのですが☆
今日は良い日でした。

なかなか良い感じに引き寄せているんでないかい??



仕事も(ぎりぎり)間に合ったし~(^-^;)。



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奪わない

「誰からも奪わないこと、もちろん自分からも」

あなたは誰かから何かを奪ったことがありませんか?


例えば、自分の愚痴を友達やパートナーに延々と聞かせてしまった時、あなたは相手の時間と平穏な気持ちを奪っている可能性があります。

例えば、誰かがあなたを褒めてくれた時、「いやいや、全然そんなことありません!」と否定してしまったことは?
そのとき、褒めてくれた人の気持ちは無視されたことになります。

じゃあ、絶対に愚痴ったり、謙遜したりしてはいけないのか?
というと、そうではありません。

「今日とっても悔しいことがあって……、聞いてくれるだけでいいんだけど、少し時間もらえるかな?」などと、“お願い”をして、「いいよ」と言ってもらえたのなら、その時は(相手に感謝して)、グチを聞いてもらっていいのです。
相手の時間を勝手に奪ったことにはなりません。


勝手に奪う形になるのは、例えばこんな考えがあるときです。

【彼氏(彼女)は、私のグチを聞くものである】
このようなルールを、相手の了解を得ないで勝手に作って(思い込んで)しまうと、相手の都合を無視して、グチを浴びせてしまうかもしれません。

また、相手がグチを聞いてくれなかっただけで、
「私を大切に想っていないんだ……」とすねてしまったり、ね。

どんなに親密な相手であっても、あなたがその人の時間や空間、そして尊厳を勝手に奪う権利はありません。でも、お願いはしてもいいんですよ。


ただし、あくまでもお願いですから、
相手には【断る権利】があることを忘れずに。

この【断る権利】を尊重してもらえると、人は安心します。
自分を大切にしてもらっていると感じて、相手に好意を感じますから、より「YES」と言ってもらいやすくなるという、おまけもついてきます。
お互いにコミュニケーションがとりやすくなります。


相手の【断る権利】を尊重していると、
自分の【断る権利】も尊重されることになりますね。


こう言うと、他人行儀のようで、冷たく感じられるかもしれません。
でも、人間関係を円滑にするにはとっても大切なことです。


逆に人間関係を息苦しくさせるものは、例のように、
「あなたは~~するべきだ」
「あなたは~~するべきではない」
という、暗黙のルールがあるときです。

ルールは、それに関わる皆が了解している時に、
初めてルールとして成立します。
自分ルールは他者を侵害している恐れがある、ということ。
たとえよかれと想ったことであっても、です。

自分が「普通は○○だよね~」って思っていることが、自分ルールになっていないか、パートナーに確認してみるというのも、とっても良いことだと思います。

と、同時に、自分ルールで自分自身を息苦しくしていないか、ってことも。
「普通は○○だから~~すべき」って、
何かを我慢したり、あきらめたりしていませんか?




他者の時間や空間、自由や尊厳などを奪わないのならば、
私たちはどんなこともやってみていいのです。

自分の時間や空間、自由や尊厳などを奪わなければ、
私たちはどんなこともやってみることが出来るのです。


「誰からも奪わないこと、もちろん自分からも」

それは、とっても自由な感じがしませんか?


参考記事:私を愛してくれているのなら…

テーマ : 心の持ち方
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因果

よく、「バカは死ななきゃわからない」って言います。

あなたの人生に、ものすごく分からず屋の人が居るとします。
「も~、この人は一回死ななきゃわからないに違いない……」
……なんて思ったこと、ありませんか?

この言葉の意味すること。


それは……


人は必ず死んだことがあります。
(輪廻転生がある!と仮定した話です)

人は百万回生まれ変わるのだそうですから、
今生生きている人も、何千回か何万回は生まれ変わって来ているのです。

で、今の人生を終えた後にも、また新しい人生があるわけです。


そして、今生の分からず屋さんは、新しい人生ではまったく逆の立場を体験します。

そう。
(自分以上の!)ものすごい分からず屋さんと一緒に暮らし、その人に振り回され、あまりの理不尽さに疲れ果て、そして、「も~、この人は一回死ななきゃわからないに違いない……」と、呟く。


つまり、『相手の人生』を生きるのです。
そしてその時初めてわかるんです。

前世、相手がどんなに心を痛めていたのか。
前世、相手がどんなに自分を思ってくれていたのか。

だって、その分からず屋さんは、とても大切な人だったから。
分からず屋だけど、愛しい人だったから。
親であり子であり、夫であり妻であり、恋人であり友人だから。



「バカは死ななきゃわからない」
これは「バカは死んで、“相手の人生を生きなきゃ”わからない」の略である。




で。
今、自分の人生にとっても分からず屋さんがいて、大変な思いをしている方へ。

あなたは前世、バカであったことは間違いありません(笑)。
私たちはみんな、愛すべきバカなのです。

何度も何度も生まれ変わり、前世で理解出来なかった相手の人生を生きて、その人の想いを命をかけて学んでいるのです。


だから、「バカは生きなきゃわからない」!



……これに気づくと因果が消えていきます。

久しぶりに斎藤一人さんの「つやこ49」を聞いて、書きました☆







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『今の心』と書いて『念』

誰かをとても強く想ったときの『念』
これ以上ないほど恨んだときの『念』
ものすごく羨ましかった『念』
とってもさびしかった『念』

この『今の心』であまりにも強いものは、どうやらある人格を持っていて、初めの念のものととなった本人を差し置いて、一人歩きをするらしい。

想いの対象となった人にずっとついて歩いていたり、執着していた場所にずっと留まってしまったりするらしい。

ということは……、元は自分の心から出て来た想いの一部を、どこかに置き去りにしてきているってことがあるのかもしれない。

さびしがっていた自分、怒っていた自分、悔しがっていた自分。
その相手や場所とコードで繋がってしまっていることに気づかず、私たちは生きている。


目に見えないコードが、パソコンの配線みたいにこんがらかっている様子が目に浮かぶ。
自分が置き忘れて来た『念』だけじゃなく、今まで関わったいろんな相手の『念』も、もちろん存在しているのだろうから。

そんなコードだらけのスパゲッテイ状態の中で、前進しようとしても、きっと足がもつれてしまう。


今も怒っている、昔私の一部だった『念』
今もさびしがっている、昔私の一部だった『念』

もう怒ってないよ。
もうさびしくないんだよ。
帰っておいで。

もう、そこに居なくてもいいんだよ。
そんな役割をさせてごめんね。


そして、生きるってことは『今』の『心』に責任を持っているんだと、もっと自覚していたいと想う。
ある出会いが気づかせてくれたこと。




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プロフィール

三浦 望

Author:三浦 望
☆心理カウンセラー
☆OHカードナビゲーター
☆エニアグラムファシリテーター
☆現代レイキマスター

北海道室蘭市在住
得意分野は共依存・親子関係・職場の人間関係・劣等感・自分が嫌い…
自身のDV体験、ウツ体験から心理学の世界へ。エニアグラムや各種心理療法を取り入れた提案型カウンセリングを得意とする。OHカフェ他、ワークショップなども随時開催中。

1969年室蘭市生まれ(女性)
離婚歴有 子供なし
パートナーと二人暮らし

ライトハウスカウンセリングルーム
八丁平4丁目バス停より徒歩5分

三浦望公式サイト
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