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あの人は私より上か下か…?

人との関わりの中で、すぐに
「バカにされた!」「蔑ろにされた!」
と怒り傷ついてしまう人がいます。

彼らは、自分以外の他者のことを、
「自分より上」か「自分より下」のどちらかに
分けて見るクセがあります。

そして「自分より上」の存在に対しては、
神のような完璧さを求めていて、
ちょっとでも理想像に見合わない面を発見すると、
裏切られた感じがするのです。

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PublicDomainPicturesによるPixabayからの画像

「あなたは私よりもずっと大きな存在なくせに、
小さい私を守ってくれなかった」
「自分より小さい私をいじめるなんて酷い!」

そう言って相手を糾弾します。

その時、自分をより“小さな存在”として
貶めていることには気付きません。


また、「自分より下」の存在に対しては、
全てにおいて私より未熟(であって欲しい)と
内心思っています。

けれども、その相手に
何かの才能や魅力を感じ取ると、
瞬時に激しい嫉妬が湧き上がります。

そんな相手がちょっとフランクすぎたりすると、
「(こんな劣った存在に)自分を小さく扱われた!」
と、激しい怒りを感じます。

そうして、
「“やっぱり”自分は小さくて価値のない存在なのだ」
と感じ、苦しむのです。

実はそれが、その人のセルフイメージの現れです。

そのセルフイメージが、
このような「自分をちっぽけに感じる体験」を引き寄せています。


しかしこの「白か黒か」「100か0か」という人の分け方は、
かなり極端なものです。

そしてお気づきでしょうか?
「上か下か」のみ、って変じゃないですか。
「自分と同じ」の人がいないんですよね。

他者は「自分より上」グループか、
「自分より下」グループ。

そして「そのどちらにも属していない自分」は、
ポツンと一人ぼっちです。
でも「上の人間にはどうしたって敵わないし、かと言って下の人間と一緒になるのはイヤ!」
と思っているので、ますます孤立してしまいます。

相手側から見たその人も、
「こちら側ではない人」
になってしまいますから、
仲間意識を持つことはできません。

いつまでも平行線です。


でもね、
そもそも「自分より上」「自分より下」という分け方自体が、
妥当なものなのか? って疑って欲しいんです。

その人の何を見て、
自分より上だの下だのと判断したのでしょう?

その人のすべてを知っているわけでもないのに、
どうしてそう言い切れるのでしょう?

肩書があるから上?
学歴がないから下?
年下だから下?
結婚してるから上?
お金があるから上?
離婚したから下?
安定した仕事に就いているから上?

そんなのその人のほんの一面です。

人は、あなたより上の面も、
あなたより劣っている面も、
あなたと同じような面も、
あなたにとってどうでもいい面も、
あなたと同じように苦しんでいることも、
いろいろあって一人の人間として存在しています。

あなたもそうです。
あなたは人より優れている面も、
人より劣っている面も、
人と同じような面も、
人にとってはどうでもいい面も、
人には気づかれず苦しんでいることも、
いろいろあって一人の人間です。

つまり、あの人も自分も
そういうごちゃまぜの存在として、
つまるところはみ~んな同じ。

そう思えたら、目の前の人とも
なんだか一体感を感じられるようになるかもしれません。

上か下か…じゃなくて、
「なんだ、みんな一緒なんだ」
そういう自分になってみてください。

目に見える世界は変わります。
引き寄せられる体験も、きっと変わります。






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ジャンル : 心と身体

上司に対する期待と現実(1)

「ウチの上司は、部下に分かるように説明しないんです」

「ウチの社長は人の話を聞かないんです」

「ウチのチーフは…」
「ウチの課長は…」

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はいはい、わかりました(^^;)。
上司がしょうもないって話ですね。


『あの人が~しない』という文章には、

『あの人は本来は出来ることを、しようとしない(悪意で)』

というニュアンスが含まれていると思います。



でも、心理学では、『しない』は『出来ない』と考えます。


つまり、「話を聞かない」のではなく、
「話を聞けない」のですね?と、考えるのです。

別に見下しているわけではなく、
「自転車に乗れないのね」と同じように、
単なる事実として見るんです。


だって、出来ることならば、
その人もやっているはずなんですよ。


だから、それはワザとじゃない
と考えていくんです。


よーく考えてみましょう。

その上司という人は、
『誰にでもわかりやすく物事を説明する能力』や、
『相手の話を聞く力』や、
『部下を思いやる余裕』を持っているんですか?

「…いえ、持ってないです」

じゃあ、どうしてその人が
理想の上司のように振る舞えると思うんですか?

「だってそのポジションにいるんだから、そうするべきでしょう?」

そのポジションになったら、誰でもそれが可能になるんですか?

「じゃあ私たちは我慢するしかないんですか!?」

ええ、我慢するしかないのは辛いですよね。



「上司は上司らしい振る舞いが出来て当然だ」
と、あなたが思っていて、

現実に上司はそれが出来ない人だったら、
あなたはフラストレーションが溜まりますね。



では、あなたの思考回路から、
「上司は上司らしい振る舞いが出来て当然だ」
という考えをスポッと抜いてしまったとしたら?

その状態で、あの上司をもう一度見てみて下さい。
どうなりましたか?

「…ああ、この人はそれが出来ないんだ…、と思います。それだけです」

そうですか。
上司は先ほどと何も変わっていませんが、
あなたの感じ方は変わったのですね。

「そうみたいです…」

では、この抜いた思考回路を
あなたにお返ししたら、どうなりますか?

「ええっ? いや、それは捨てたい。返してもらわなくていいです」

いいんですか?大事に持ってたじゃないですか(笑)。




あなたを怒らせていたのは上司その人ではなく、
実はあなたの『思考』であった、というのは結構衝撃です。

この『思考』は、私たちにファンタジーを信じ込ませようとします。
「あの人は上司なんだから出来るはず」と。

でも現実に、上司だからといって能力があるとは限りません。
たまたまそのポジションに立ってしまった、なんて人もたくさんいます。

それが現実です。
現実とケンカをしても、絶対に勝てません。

でも、現実はとてもやさしいんです。
あなたを被害者の立場から救い出してくれます。

現実には、あの上司よりもあなたのほうが大人かもしれません。
だったら、あなたがその人にしてあげられることがないでしょうか?


もしも能力以上の責任を負わされているとしたら、
きっと上司自身も困っているはずです。

まずは「この人もきっと、立場上辛いこともあるんだろうなぁ…」
そんな、ちょっと優しい目線で見てあげたらどうでしょうか?

他にも、スタッフの声をやさしく翻訳してあげるとか、
現場とのコミュニケーションの潤滑油になってあげることとか、

「上司ならこうあるべき!」と思えるあなたなら、
出来ることはいっぱいあるはずです。




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自分をしあわせにすることを避ける、心のカラクリ

人は、“本当に自分をしあわせにするための何か”
を実行することは、最後の最後まで避けるものなのです。



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そこには、究極の恐れが立ちはだかっています。


それは、

「自分が『最後の手段』と思って選んだ、
“本当に自分をしあわせにするための何か”を
実行したのに、しあわせになれなかった…!!」

という事態を避けたい、と思う心理です。


「自分がしあわせになれない」という決定的な事実を
突きつけられることを恐れているからです。

「やったけど、ダメだった」というのは、
もう逃げ場がありません。

そのため、無意識のうちに、
「敢えてやらない」という選択をしているのです。

しあわせになれないことが決定した自分よりは、
今の辛い現実の方がまだ耐えられる…というわけです。


皆さん、どこか深いところで、
「心理カウンセリングは最後の手段…」と、
思っていらっしゃるようです。

初回のセッションでよく聞くのはこんなセリフです。

「ここに行くことになったら終わりだ…、と密かに思ってました」
「でも、いつか行くことになる気がして、何年もブログを見てました」
「だけどもう本当に、自分ではどうにもできなくなって…」
「清水の舞台から飛び降りるつもりで連絡をしたんです」
「これでダメなら死ぬしかないと思って。それなら最後にやってみよう…と」

その気持ち、よくわかります。
でも、本当によく来て下さいました。

ここに来るには、実は充分に絶望することが必要です。

自分にやれると思うことはすべてやってきたけど、
やっぱりしあわせになれなかった。
私は、しあわせが何かもわからない…!

…という事実を、受け入れることが必要です。

そのとき、あなたは初めて、“死ぬ気で”
自分に向き合う準備ができた、ということです。

これまでは、その覚悟ができていなかったのです。

“今までの自分”はそのままに、
状況や他者を変えようとしてきただけです。


“今までの自分”は、あなたの“自我”です。
あなたの本質は、それとは別にあるのです。

自分が祝福された存在であることを知っている、
あなたをあなたとしてあらしめている、あなたの本質です。



その本質に出会うためには、一度、
“自我”には死んでもらわなければならないのです。

私たちは、自我を自分自身だと思い込んでいます。
だからそれを失うことは『死』を意味すると感じます。

でも、それは錯覚です。


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『死』は『再生』の始まりです。
安心してください。自我はまた蘇ります。

新しい自我は過去の自我を包括しています。
そして、このプロセスの中で大切なことを学び、成長しています。

その自我は、「本質と共存することは可能なのだ」
と、知っています。

あなたが自分の本質に再び出会い、
生まれ変わった自我と統合するとき、
自我と本質のダンスを楽しむように、
この人生を楽しめるようになるでしょう!!



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テーマ : 幸せに生きる
ジャンル : 心と身体

プロフィール

三浦 望

Author:三浦 望
☆心理カウンセラー
☆OHカードナビゲーター
☆エニアグラムファシリテーター
☆現代レイキマスター

北海道室蘭市在住
得意分野は共依存・親子関係・職場の人間関係・劣等感・自分が嫌い…
自身のDV体験、ウツ体験から心理学の世界へ。エニアグラムや各種心理療法を取り入れた提案型カウンセリングを得意とする。OHカフェ他、ワークショップなども随時開催中。

1969年室蘭市生まれ(女性)
離婚歴有 子供なし
パートナーと二人暮らし

ライトハウスカウンセリングルーム
八丁平4丁目バス停より徒歩5分

三浦望公式サイト
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